- SFノグラフィー
- Posts
- Alternatively
Alternatively
ストームトルーパーの家族

楽しみにしていたとあるSF超大作の映画の終盤。
核兵器を抑止力として使うという描写で少し冷めてしまい、現実世界に引き戻されてしまった。遠い未来の、遠い星で起きている物語。それなのに、強いものが弱いものを支配するという、近現代の家父長的で植民地主義的なパラダイムの中にいるように感じられたからだろう。
もちろんSFはイデオロギーや体制への批判や風刺の機能を果たし、エンターテインメントとして現代人に響くものになっている必要がある。しかし、SFには未来への想像力を牽引する力もある。SFに触れるとき、自分の弱い想像力では到底及ぶことのできない、未来についての新しいストーリーと出遭うことをどうしても期待してしまう。
ニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』やロバート・A・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』はシリコンバレーの起業家たちにも少なくない影響を与えた作品として有名だ。自分も『ニューロマンサー』や『ソラリス』といった好みの作品に影響を受けている可能性は大いにある。しかし最近、はたと気づいたのだ。SFの名作として挙げられるこうした作品は、白人男性によって書かれたものだ。白人男性だからといってその価値観や作風を一括りになんか絶対にできない。けれど、自分が触れる未来の物語は、もしかしたらとても広大な可能性空間の中の一つの断面でしかないのかもしれない。
SF研究家・アンソロジストの橋本輝幸さんの「女性とSF」をテーマにした記事には、これまでSFというジャンルがいかに男性に支配されてきたかということが紹介されている。例えば、1953年に創設された、SFファンの投票によって決まるヒューゴー賞をこれまでに受賞した作家の75%は男性で、2011年にイギリスのガーディアン紙がベストSF小説を募ったところ、投稿された約500作のうち女性の著作は18作のみだった。しかし、その状況は最近、劇的に改善しているという。ヒューゴー賞の2010年以降の男性比平均は55%にまで下がった。2019年以降にノミネートされた男性作家は各部門の6〜7人の候補者のうち1人か2人にまで減っている。イギリスでも、ここ8年間に英国SF協会賞の長編部門を受賞した9作中5作は女性の著作であるようだ。
—
散歩しながら聞いていた社会学者の岸政彦さんのポッドキャストで、映画『スターウォーズ』のストームトルーパーがバタバタと倒されるシーンで、パートナーのおさい先生が「この人にも家族がいるだろうに・・」とコメントしているという微笑ましいエピソードが紹介されていた。そして、それはSFに触れる態度としても、未来を考える視点としてもとてもたいせつなものだと思った。きっとそうした視点が、強者のものではない、細やかな視点の未来の物語を手繰り寄せることにつながる。
今、手元に何冊かのSF作品がある。一つは『血を分けた子ども』という短編集。著者のオクテイヴィア・E・バトラーは、アフリカ系アメリカ人女性初の専業SF作家とされている。表題作の「血を分けた子ども」は、人間以上の力と知性を持つ節足動物が登場する。グロテスクな描写もあり、エイリアンのような姿を想像してしまうが、その生物は人間を支配したり攻撃しようとしたりはしない。むしろ、種を超えた愛やケアの精神を持ちながら人間との共生関係を築くさまが強く印象に残る。『NOVA 2023年夏号』は日本の女性SF作家のアンソロジー。地球を救うためでもエイリアンを発見するためでも他の惑星に降り立つためでもなく、どうしても落ちない脂肪を燃やすために宇宙に向かう女性を描いた「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」は何度も声を出して笑いながら読み進めた。大義や正義やテクノロジーではなく、パーソナルな欲望や親密な関係が物語を駆動する。こうした未来の物語は自分にはとても新鮮だ。
こうした物語を通じて、私たちが未来を考えるときの手札を増やし、豊かに発想を巡らせることができないだろうか。SF作品の登場人物とあたかも対話し観察するかのように向き合うことで、未来を語る新しい選択肢やストーリーを内面化していけるかもしれない。こんなふうに考えて、自分のために長めのメモを取り始めるようになった。せっかくだから、そのメモを「SFノグラフィー」とダジャレのようなタイトルをつけてニュースレターとして実験的に配信してみようと思う(Lobsterrとは別のパーソナルな活動として)。作品そのものというよりは、紡ぐ言葉や暮らしぶり、たいせつにするアイテムや他者との関係づくりの特徴など、あくまで一人の登場人物に光を当てた連載にしていきたい。これは自分のためのメモではあるけれど、公開することで未来の可能性について誰かとの対話のきっかけになれば良いと思う。配信は不定期になりますが、ぜひ登録してみてください。
(この最初のPostはLobsterrからの転載です。)